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帰りたい症候群

実家からうちへ戻って、またいつもの生活が始まった。3月21日旦那の姪の結婚式があり、前後泊りがけで出かけることになっていた。その時の対策は、三女の家に泊まらせることを打ち合わせてあったが、母に前もって言っても覚えてないので、話はしていなかった。招待状も目の触れるところには置いてなかったが、2月に入り義姉から、ホテルの手配など細かい打ち合わせの電話があった。その内容を聞いていた母は、母 「みんなでどっか...

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3日間の里帰り

弟の四十九日のため、前日の1月23日実家へ戻った。翌日の準備のため、三女も来てくれていた。掃除や買い物など済ませ、夜になって仏壇へお供えする料理を載せる御霊具膳がどこにあるか、覚えてないとは思ったが聞いてみた。すると、「そんなものはしたことない。御霊具膳自体見たこともない。」と言い切った。実家は長男筋で、祖父・祖母・父の法事をずっと家でやっていたのだ。その時必ずお供えしてあったのに、それ自体したこと...

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最初の里帰りまで

2010年1月4日から始まった同居。リビングの隣の和室が、母の部屋となった。夜中に必ず1度はトイレに起きるし、膝が悪いので2階の部屋にするわけにはいかなかった。その部屋は、リビングとの境が板の襖で仕切られているだけなので、話し声やテレビを見ている音は筒抜け状態。1年半くらい前、母の物盗られ妄想のターゲットになっていた弟が耐えられなくなり、何とかうちへ連れて行ってくれということで、母には膝の治療にいい整体が...

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本格的な同居の始まり

年末、実家に帰ってお正月を過ごし、4日は銀行や役場で手続きなどをして、夕方車いっぱいの荷物とともにいよいよ我が家へ。たぶんこの時、母もずっとこっちに住むことになったということは理解してたと思う。私は、パートとはいえ平日はほぼ一日仕事。代わりに、歯科助手をしていて昼休みが長い娘が、母の昼食は引き受けてくれた。昼間の母は、台所の洗い物をしたり、洗濯物を畳んだり、お米を研いでくれていた。まあ、お米は何合...

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弟の訃報

2009年12月16日15時半頃母から携帯に電話。。。とりあえず、仕事を早退し病院へ。。。もうすでに息はなく、弟は冷たくなりかけていた。。。そうして、あわただしくお通夜・葬儀と済ませた。その後、役場・銀行などの諸々手続き、世帯主でもあり相続人でもある母はもちろん何もできないので、本人を連れてあちこちと回った。本籍が県外から移してないからなおさらややこしい。父の死後は、母と弟に任せていたので初めての経験。ロー...

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介護1から要支援2へ

2008年5月、最初の申請から2回目の更新。本人だけの話を鵜呑みにした役場の調査員のおかげで、要支援2に下がってしまった。確実に認知は進んでいるのに。。。本人、ろくにご飯も作ってないのに、なんでもできると言ったらしい。そうなると、それまでのケアマネはお願いできない。いろいろネットで調べたら、要支援は地域包括センターの管轄になるらしい。そこで、さっそく電話を入れたら、私の都合のいい平日に実家で会いましょう...

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デイサービス決まるまで

そんなこんなで、ゆっくりと確実に認知症は進んでいき、2007年年明け頃、もう一度総合病院に前もって症状を伝えておいて診察を受けた。長谷川式で15点、20点以下を認知症と診断なので軽くはないと言われ、精神科の老人性痴呆の専門へカルテを回してくれた。そこで、専門の先生は介護申請をしてないことに驚かれて、意見書も書くことを承知してくれた。かかりつけには、病状の詳細(そうだと思う)を書いてくれて、更新の時にはお...

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認知症の始まり

実家(県外)   父  1998年3月 癌で他界(当時71歳)   母  81歳 脳梗塞後、脳血管性認知症診断され、その後アルツハイマーと混合型に。現在介護認定2   弟  2009年12月 事故により他界(当時42歳)   他の姉妹  長女53歳[私,フェリーに乗り継ぎ3時間位の県外在住]          次女52歳[車で1時間位]           三女45歳[車で40分位]うちの家族   夫   56歳 サラリーマン   私   ...

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